下手なりに、文章を書くことが好きな人間としては、どういう言葉を選んで書けば、なるべく正しく意図が伝わるかというのを、常に気にしています。
最近気になったのは、「〜だと思う」をつけるかつけないか、というところです。
コロナは、しばらく終息しないと思う。自分たちで身を護るしかないと思う。
コロナは、しばらく終息しない。自分たちで身を護るしかない。
伝えたい内容は同じですが、前者は個人の意見というニュアンスが強く、後者は断定型で、主張に近いものになっています。
後者の断定型の書き方だと、それが事実として正しい、と捉えられてしまう可能性もあります。なので、それを避けるために、「思う」をつけて保険をかけておきたくなるわけです。
一方で、情報の信頼性が求められるニュースや新聞、公共機関や政府のコメントならともかく、私のような一般人の個人的な意見の正しさについて、そこまで問われることは実際はありません。
むしろ、ネットの情報は間違いだらけで、それらの情報から正しい情報を得る能力が、この時代に問われているくらいです。なので、気にしなくてもいいことかもしれません。
そうは言っても、個人ならデタラメでもなんでも好きに書いていいか、というと、個人的にはそういうことはしたくありません。
私としては、なるべく公平公正に、信頼できる情報を元に、他人にとっても参考になる、賛同を得られる内容を書きたいなぁとは思っています(ホントかな?)。
少なくとも、私の考え自体がおかしくても、間違いだらけでも、「私が考えていること」を文章で正しく伝えようとはしているつもりではいます。ウソを意図的に広めることには特に興味はありませんし、こんな変な人間がいるということを伝えたいだけでございます(笑
・・・話を戻しますと、上の文章を書くにも、「思う」をつけないで書くことが難しいなあと感じます。何か所か、つい、「思う」をつけたくなりました。
そんな中、最近読んだYahoo!ニュースのコメントで、ある評論家のかたがコメントを書いていましたが、「思う」がひとつも使われていませんでした。それでいて、言い方がきつくなく、スッと内容が入り、説得力があるものでした。ホンマでっかにも出演する、門倉さんです。
評論家だから当たり前、かもしれませんが、その説明は客観的で、他の情報と照らし合わせても正しい情報で、分かりやすく伝えてくださっています。今までの経験やしっかりとした下調べから、自分の意見に自信を持てるから、断定もできるし、有用な情報になるのでしょう。
「思う」をつけないことが目的ではなく、つけなくてもよい信頼できる内容を書くことが大事なわけですね。先は長そうです・・・
形だけ真似してもしかたありませんが、「思う」を避ける表現をメモしておきます。
- 〜だろう、〜なるだろう、〜べきだろう
- 〜と言える、〜と言えるだろう
- 〜ではないか
- 〜必要だろう、〜必要があるのではないか
- 〜かもしれない、〜かもわからない
- 〜可能性がある、〜可能性が高い
- 〜とみられる
- 〜が期待できる
- 〜は否定できない
なんか今回の内容は、書いていて疲れました。いつも適当に文章を書いているのがわかりますね・・・