私は喫茶店のマスターをしている。
一日に2、3人しか客が来ないような寂れた店だ。
実は、コーヒーを出すほかに、あまり公にしていない「副業」をしている。
今日もまた、さまよえる若者がやってきたようだ。
ドアについているベルが揺れた。
若い学生さんが1人、ゆっくりと入ってくる。
「ホームページ・・・見ました。魔術師さんですよね」
テーブルに無言で水を置き、ドアにかけている立て札を準備中に返す。
「どうされたかな」
「頭がよくなりたいんです」
「簡単に頭がよくなる方法なんて、ないんだがな。お寺にでも行って、お香の煙を頭に浴びたらいかがかな?」
「?」
「頭がよくなるには、よく眠ることだ。勉強した内容は、眠っているあいだに脳の中で整理され、記憶されるのだから」
「・・・あなた魔術師さんでしょ?なんか魔術ですぐに頭がよくなる方法は無いんですか?」
あまりにも食い下がるので、しかたなく、ある魔術を伝授した。
アウトドアショップに行き、七輪と練炭を買ってくる。
そして隙間を目張りした密室に入り、練炭に火を点ける。
そして呪文を唱える。
「ニウヨスマ、リナクヨ、ガマタア。ニウヨスマ、リナクヨ、ガマタア・・・」
炭から煙が出たら、それを頭に浴びることが大切。
次第に眠くなってくるが、これは脳が記憶を整理するためのものだから、そのまま眠ってかまわない。
メモを取った若者は、大喜びして礼を言うと、コーヒー代にしては多すぎるお金を置いて去っていった。
その後どうなったかはわからないが、少なくとも1つは頭がよくなったのではなかろうか。
いずれ誰でも知り得るものを、どうして知り急ぐのか。私にはわからない。
2008年6月の作品