椎名巌さん(芸名:桂歌丸さん)は、私の中では、とてもマジメで、「芸」を極めようとした人という印象を持っています。
本人は、「笑いを極める」「笑いが仕事」と言っていましたが、笑い自体は聞き手側にもそれぞれツボがあるので難しいとして、少なくとも笑いに対して自分に対してストイックに向き合い、創作から古典まで幅広く深く、笑点のようなバラエティ番組にも出演し、芸を極めようとした人だったと思います。
歌丸さんの逸話として、落語協会と落語芸術協会は定席(常設の寄席)での公演ができて、円楽一門会や立川流には許されていませんが、楽太郎さんが円楽襲名する際に襲名公演を定席で行うことができたのは、歌丸さんのおかげだった、という話があります。歌丸さんの人情味を感じる話です。落語芸術協会入りも提案されましたが、さすがにそれは反対が多くて無理だったそうですが。
個人的には、椎名さんが子どものときに戦争中で疎開したのが、千葉県市原市の母親の実家だったとのことで、近所で親近感があるというのと、笑点だけでなく博多天神落語祭りや横浜にぎわい座に足を運んで歌丸さんの落語を目の前で聞かせていただいているので、親しみのある落語家さんの一人でした。
あちらでもご活躍をお祈りしております。