さくらぎ じんじゃ
櫻木神社は、千葉県野田市にある神社です。
野田市最古の神社です。
ポイント
・平安時代、藤原氏の貴族がこの地に美しい桜の大木があるのを見て、木の根元に倉稲魂命を祀ったのがはじまり
・社紋は桜の花、敷地内には桜の木がたくさん植えられていて、文字どおり桜木神社
・桜の朱印帳など、全体的にかわいい雰囲気がただよう
神社
祭神 | 倉稲魂命 武甕槌命 伊弉諾尊 伊弉冉尊 | 創建 | 平安時代 西暦851年 仁寿元年 |
系統 | 稲荷系 藤原系 | 社格 | 旧村社 |
ご利益 | 五穀食物 商業繁栄 産業繁栄 勝機勝運 健康長寿 良縁 夫婦円満 |
鎮座
エリア | 千葉県柏・野田エリア | 電話 | 04-7121-0001 |
住所 | 千葉県野田市桜台210 |
立地 | 平地 | 敷地 | 小~中規模 |
交通手段
電車 | 東武野田線 野田市駅から徒歩10分 | バス | |
高速 | 常磐道 流山ICから10分 柏ICから10分 | 自転車 | 不明 |
アクセス | 鉄道の駅からの徒歩圏内であり、駐車場も300台と、かなりの余裕があります。 大鳥居の周辺に駐車場があり、神社の敷地の南東側から、住宅地の中を入っていきます。 |
現地
施設 | 社務所 駐車場 おみくじ ご祈祷 | 必要時間 | 本殿のみ10分 摂末社含む30分 |
名物 | 確認中 | 見どころ | 桜の木 |
注意点 |
関連サイト
・ウィキペディア 櫻木神社 (野田市)
・外部サイト:公式サイト 玉﨑神社
玉崎神社のある周辺は、静かな住宅地で、地元の神社という感じです。
しかし、大変歴史がある神社で、
玉崎神社本殿は、元禄年間(1688年~1704年)に建てられた一間社流造で見事な彫刻が施されており、また拝殿は天保年間(1830年~1844年)の造営と伝えられ、
海上鎮護、漁業、厄除け、開運、縁結び、安産、育児
神前結婚式 安産子授け祈祷(子宝石) 地鎮祭 上棟祭 家祓祭 井戸祓祭
厄年厄祓 ろくさん除祓 方位除 海上安全 自動車祓 学業成就 家内安全
商売繁盛 旅行安全 交通安全 大漁満足 命名 改名 祖霊祭 鎮祭
神社
玉崎神社のご縁起によると、景行天皇12年の創建と伝わる、とあります。
ヤマトタケルは、はるばる関東までやってきて、神奈川県の相模から、千葉県の上総へ、海を渡ろうとしました(昔は陸路より海路のほうが便利でした)。
そのとき、走水の海(横須賀市)を守る神さまが波を起こして、海が荒れて大変なことになりました。
その様子を見たヤマトタケルの奥さんの弟橘媛(おとたちばなひめ)は、「これは海神の御心に違いない」と言って、海に身を投げてしまいました。
そうすると波はピタッと収まり、無事上総の国に着くことができました。
ヤマトタケルは、その海神の霊異を畏み、海上平安、夷賊鎮定のために、玉ヶ崎の地(玉の浦の東端)に海神である玉依姫尊の神霊を祀りました。
祭神
主祭神は玉依毘売命(たまよりびめのみこと)で、配祀神として日本武命(やまとたける)が祀られています。
玉依毘売命は、海の神さまである綿津見命の娘で、鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズ)の妻であり、神武天皇の母です。
ヤマトタケルは、関東地方を治めるために東征して来た皇族で、古来から武神として崇敬されています。
千葉県内には、ヤマトタケルに関わるエピソードが数多く残っています。
また、ヤマトタケルを助けるために海に身を投げた、奥さんの弟橘媛を祀る神社もあります。
例祭
旧暦の4月1日
祭り
・1/1~1/3 正月祈祷
・1/15 祈年祭
・2/3 節分祭
・5/5 例大祭
・7/30 輪くぐり
・10/15 神事祭
玉崎神社は、下総国二ノ宮で「玉ヶ崎大明神」と呼ばれ、武将からの崇敬も厚く、平貞盛、源頼義、源義家、源頼朝、日野俊基、千葉常胤らが参拝しました。
江戸時代に入ってからは、平田篤胤、平田鐵胤、斉藤彦麿、高田与清、大国隆正といった文人も参詣しました。
享保14年(1729年)には、地頭らが大漁祈願したところ、たくさん魚が獲れて、みんな大喜びに。
その神験から、神階正一位を賜りました。
拝殿内にある扁額(神社名の書かれた額)は、その頃の徳川吉宗の筆と伝えられています。
明治に入り、「玉崎神社」と改称されました。
写真
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訪問履歴
・2018年04月28日(土)櫻木神社
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